君には期待しているよ、という言葉を使うとき。

「期待は、あきらめから出てくる言葉だ」
という言葉を、僕は聞いたことがある。それを聞いて、僕はどきりとした。
自分が誰かに対して「期待しているよ」といったとき、果たして僕はあきらめていたのだろうか、と。僕はその人に対して、自分のあきらめを背負わせていたのだろうか、と。
期待をかけるということは、つまり、同時に自分のあきらめを背負わせるということだ。自分の運命まで、背負わせるということを、その「期待」という言葉は持っているのだ。僕は、それに気づいたとき、本当に、どきりとしてしまった。
「期待しているよ」
その言葉の重さは、ほかの言葉が持っている重さよりも、格段に重い。たぶん、そのことに気付いている人は、あまりいない。
だから、この世界には期待しているよ、という言葉が行きかっているのだろうな、と僕は感じた。
そう思ったとき、僕は怖くなった。
僕はまた誰かに言うのだろうか。笑いながら、その誰かの肩をたたきながら、軽い調子で。
「君には期待しているよ」
と。
僕はきっと、もう二度と、それは言えなくなってしまったと、思う。兼業主婦 借りれる カードローン